”出町田祭り”の”夜鷹行燈”でしょうか?

先日6/21、『yotaka.jp』に「各地の夜高祭と比較 福野夜高祭」
各地の夜高祭と比較 福野夜高祭

を投稿したところ「ようこそ福野夜高祭へ」の管理人さまより返信がありました。

連楽、田楽の記載について

福野350年記念誌、『万燈』によれば田楽(デンガク)は『連楽』と記載されている。

これは音が訛ったものがレンガクとなったそうだが、行燈製作から祭礼に関わる時、わざわざ文章として記録することは無く、会話で済む。発音の訛りレンガクと言っていたとしても『連楽』とはっきり漢字記載することはあまりなかった。町内、人によりレンガクの音に対しての当て字『連楽』となったのでは。

もともと田楽とは豆腐や蒟蒻、茄子などを串に刺して焼いた料理のこと。行燈がその形に似ているので田楽行燈と言われるようになった。連楽という当て字については神事であるがゆえ、そういったものとの差別化を図りたかったとの見解。

『夜鷹行燈』から『夜高行燈』へ記載変更について

「富山史壇」に詳細が記されているようです(図書館にもある本だそうです)

歴史随想「夜鷹行燈と夜高行燈について-いつ、なぜ「鷹」が「高」に変わったか-」

戦後、昭和21年11月、当用漢字1850字が発表され、そのなかに「鷹」は含まれておらず、新聞での使用が制限を受けることになった。とされている。

福野夜高の『夜鷹』表記について

北日本新聞、昭和22年「福野の夜鷹まつり」
昭和23年  神明社祭礼の記事は見当たらず
昭和24年「かけ声勇まし夜高行燈」

富山新聞  昭和22年  神明社祭礼の記事は見当たらず
昭和23年「福野まつり ~ 「夜高行燈」が~   となっている。

砺波夜高の『夜鷹』表記について(夜行会新聞調査から)
越中新聞  昭和12年「出町田祭 夜鷹行燈で賑わう」
富山新聞  昭和27年「名物『夜高行燈』をきそう 砺波、津沢町の田祭り盛況」

つまりもともとは『夜鷹祭』『夜鷹行燈』の記載が正しいということになる。
夜高と言うことの由来「夜、高いところにある~」という説は間違い?

また、余談ですが大正から昭和初期、『出町夜鷹祭』と記載されることはなく、あくまでも『出町田祭り』の記載。

”『出町田祭り』で曳き回される『夜鷹行燈』”なのだ。

これはすなわち、出町田祭りのルーツは福野夜高祭ではない。ということにならないだろうか?

当然、福野夜鷹祭の影響で夜鷹行燈(あくまで”夜鷹行燈”であって”田楽行燈”ではない)が出町田祭りに用いられることになったことは確かだろうが…